連休期間中のルーチン

# 標題の件、ルーティーンとも言います。

# あ、わたし毎日連休でしたっけ(笑)。

妻の連休期間中ということですね、5/2から起算して本日3日目。

日々のタイムスケジュールは概ね以下のとおり、

  • 7時~8時 起床(妻は6時前らしい)
  • 9時 ウォークジョグ
  • 11時~12時 ブランチyoutube
  • 13時 お風呂
  • 14時 昼寝もしくはyoutube
  • 18時 晩飯
  • 20時 就寝もしくはyoutube

散歩していると通りすがりに、知り合いのかたに声をかけられたり、クラクション「ぷっ」だったり、手を振られて振りかえしたり、挙句、漬物持って行くか?

頭にタオル巻いて、マスクしているのに、わかる人にはわかってもらえるようです。みんな頑張ろう!

明日もだいたいこれだと思います、今日も一日いいお天気でした。

早期退職優遇制度に挙手しました

思えば2016年3月「治療と職業生活の両立支援」について、この場においても検討しました。あれから4年の歳月が流れ病状の変遷があり、紆余曲折を経て2年前に短時間勤務職になったこと等、当ブログの歩みの中で都度お知らせしてきました。

4週で10日(一日8時間)という短時間勤務(4週内に祝日2日の場合は8日となります)は、身体的にはとても楽ですけれども、仕事の連続性が得られず仕事を忘れてしまう「やりがい低減」というデメリットが発生していました。

自ら役員時代に導入を固めた本制度でしたが、結果として「4週10日8時間」よりも「4週20日4時間」のほうが、より治療と職業生活の両立が図れるものだったか、と感じています。もちろんこれには個人差もあり、「やってみなければわからない」ということに尽きるのだろうと思いますが、選択肢は多いに越したことはありません。

サブジェクトラインの件、今回経営陣の判断が諸般の事情により遅延したのですが、例年どおり「年齢50歳以上の社員のうち、その退職を適当と認める社員」ということで労使交渉が成立したものです。

仕事の連続性が得られず「仕事を忘れる」ということはすなわち、仕事をする上でブレーキ以外の何物でもなく、そうした中で血液の状態は安定していません。一年前には芽球値が異常となり「余命一年」との宣告もありました。昨年12月のWT1mRNA(モニタリングマーカ)は異常なほど跳ね上がっていましたし、病状的には綱渡りのまま、以上の理由から今回「退職」との決断に経ち至ったものです。

上記画像の4注意事項(4)にも記載されていますけれども、退職に向け自ら手を上げ、あとは経営陣の判断ということになりますが、この間、社内規定に抵触する非違行為はありませんし、3月末にて退職することとなります。

1985年22歳で入社して以来、勤続35年。良き同僚・仲間たちに恵まれ、さらにはPCネットワークを介し遠方の仲間の皆さんにも親しくしていただき、我ながら上出来の職場生活だったと懐古しています。

今後のことについて、

取引先の気の許せる担当者レベルには「春以降ここにはいないよ」と話をしていたのですが、CEOもその話を知ったようで「うちで働いてほしい」と言っているようです。それはあり得ません。

まず自らの健康に留意しつつ、NPOを含めた生活圏/地域において、個人的にはALSとの診断を受けた友もいますし、そうした狭義の場で必要とされるかたのお役に立つことに専念してまいります。

ALSとの診断を受けた友を見舞う

サブジェクトラインの件、聞き慣れないアルファベット三文字は「筋萎縮性側索硬化症」という難病を指します。

症状の進捗を阻む抑制治療のため2週間の入院とのこと、高校時代の級友を見舞ってきました。

病室に入るや開口一番「テレビ、東出とウヰルスの話ばかりでうんざりよ」平日の昼間にテレビなんて見んよね。

さて、話によると昨秋、自転車走行中に路肩の縁石に対し危険回避が取れず、前のめりに転倒し負傷、その際に筋委縮が発覚しました。筋肉がやせ細り、運動機能障害が発生しているようです。

事実、昨年の我が家での忘年会、キミは左右のバランスが確保出来ないとのことで一升瓶持てんかったし。

まさしく今日、主治医より本人と家族に対してムンテラがあったとのことで、今後想定される嚥下障害に対しての「胃ろう」のこと、呼吸障害に対する「人工呼吸器」の対処等について説明があったようです。

実をいうと、

私が役員時代に、会社の後輩が歩行困難との体調不良を訴え、本人と共に地域中核病院の脳神経内科を受診。

彼の通院に付き添いをする中で、私から担当医に対し「こんなに若いのにそんなバカな話があるものか」。何度も何度も病状について説明を求めたが、この時の診断も「筋萎縮性側索硬化症」だった。

職場生活は病休から休職となり結果、3年後に退職。退職と同時に障害年金の受給。月を追うごとに症状は悪化の一途。病魔との格闘は7年ほど続きました。

そうした厳しい状況をつぶさに見てきただけに今回、同級生に対して同様の診断が下されたこと、これにはもうショックしかありません。

10万人に2人の発病率とのこと。ということは、その二人共を知っているということなのか、とも。

ちなみに、統計学的な話でいうならば、私の「骨髄線維症」で「原発性」ではなくの「続発性」ともなれば10万人に1人の世界。

この世に生を受け、遅かれ早かれ迎えなければいけない瞬間が人間誰しも必ずやってくる。その時のために心の準備が出来るということなんだよと、本人に伝えることは叶いませんでしたが、彼もバカじゃないですから、今後思慮する中で徐々にそうした到達点に導かれていくのだろうと思います。

本人の口からはポツリと、

「胃ろうや呼吸器をつけてしまったあとに、可哀そうだから取ってやれよと、取ってしまうと、それが医者であろうと殺人なんだってよ」続けて、

「だったら最初っからしないほうがなんぼかええわ」

うん。

後輩の話に戻ろう。自らピクリとも動けない、アクリル板を使って意思表示するにも時間がかかる、もどかしい姿を見るにつけ、「延命、外すかい?」わしは衝動的に何度もそう思たけど、もちろん本人にすれば藁にも縋る(すがる)思いだったに違いない。

動こうにも動けない、食べたいけど食べれない、しゃべりたくともしゃべれない、意思疎通を取りたくても取りづらい中、晩年は人里離れたサナトリウムでの療養でした。

「目は口ほどにモノを云う」とは言うものの、それは健常者の場合であって、顔の筋肉さえも硬直している無表情の中で、目だけが動いても意思は汲み取れませんでした。

今日ムンテラを受けたキミの延命措置の話は後刻、家族を含めてゆっくり検討すればいいと思う。

わしは、そうした姿を過去に見てきた立場で、キミにアドバイス出来ることがあるかもしれない。

で、キミはいったい何がしたいねん?上場企業の工場長さま

(昨夜も見舞いに行ったところ、会社の総務部からお見えで、今後の就労中における抑制治療のための通院が必要なことから、それら就業計画について打ち合わせ中でした)

本人曰く、正月に見ていたテレビ番組の中で、太川陽介さんの路線バス乗り継ぎ旅の正月スペシャルにえらく共感したようで、あのような行き当たりばったりのスリリングな旅がしたいらしい。

てめえ、一升瓶も持てんくせに、自分の荷物わしに持たせるつもりやろ(笑)。

とりあえず会社勤務が継続することから、日帰りの車旅に出たいとのこと。

58歳、わしらはもはや爺の部類だが、青春時代を思い出して行こうじゃないか、とことん付き合ったる。

ウルフルズのバンザイ聞きながら、野を越え山を越えて行こうぜ。

【備忘録】温活には言葉選びも重要

ヒマなもので、郵便受に投げ込まれていたミニコミ誌を何気なく見ていたところ、「温活の一般社団法人」(正式名称ではありませんよ)があるということを発見。

主に下肢末梢における温活で活動展開されているようです。いろいろな活動があるものだ。

代表のかた、いいことをおっしゃっているので備忘録です。

温活には言葉選びも大切です。「でも」「だって」「どうせ」は禁止。相手に感情を伝えるときにネガティブな言葉を使うと自分の身体にも負担がかかります。自分を守る言葉ばかり集めてしまい、気持ちが硬くなると、筋肉も硬くなって、行動が鈍くなったり、引きこもってしまったり。言葉にはそんなパワーがあります。気持ちが暖かくなると、言葉が暖かくなり、顔色が良くなり、身体が軽くなる。すると行動力がついて、好奇心が湧いて、心身ともに暖かくなるという好循環が始まります。

言われてみると自分は使ってます「でも」「だって」「どうせ」。反省だらけです。

こころを暖める、気持ちを暖める。身体の内面から暖める、コレありですね。

映画「ショーシャンクの空に」を観てきました

あけましておめでとうございます。

「余命一年」宣告からちょうど1年が過ぎようとしていますが、今日はのほほんと新年一発目の映画を観てきました。

25年前に公開された「ショーシャンクの空に」、冤罪によって投獄された銀行員が、刑務所内での仲間との人間関係を礎に、 希望を捨てることなく逆境に立ち向かうストーリー。これ、観たかったんですよ。

臭い飯を食べながらも、いい音楽に巡り合った時には全館放送でシェア、汗を流したご褒美ビールもみんなでシェア。

極限の中でも仲間を思いやる気持ちを忘れない描写は特筆すべきでしたし、なにより希望を持ち続けること、あきらめないことを全編にわたって描写していました。いい映画でした。

暖活/ウォーキング5.3km

今日は日差しもあり気温17℃とあたたかです。いつもの水辺公園へ来たところ、イチョウの葉が階段にまで敷き詰められていました、いよいよ冬です。

山の母より「飲みにいらっしゃい」と呼び出しがかかったので、こののち夫婦で行って参ります。

冬、年末を迎える準備、我が家はほぼほぼ済ませました。おかげでジングルベルを聞いても慌ただしさは感じません(笑)。

そして今月は経過観察の月。今週半ばに行きます。冬のあいだの260km移動はリスクを伴うことから、今回もしも異常がなければ、次回の経過観察は冬の間は避けたい旨、前回の経過観察時に主治医にはお伝えしているところです。

なお、来年3月末の退職については、既定路線です。

先日も旧知の某社々長からは「気持ちはわかるが働いたほうがよくない?」と言われているところです。小遣いぐらい稼いだらどうよと。

健康年齢72歳と言われる中で、本年1月の短命宣告を覆し(笑)、のびのびとした余生を送りたいという気持ちに躊躇はありません。

発達障害の若者への支援講座

サブジェクトラインの件、世の中にはいろいろな名称の講座があるものですね。

今日はNPOの理事長からの薦めもあり、自閉症スペクトラム症の若者への支援講座に参加しました。

参加者僅少かと思いきや、こどもリハビリテーション病院の会場は満席の盛況ぶりでした。いやはや認識不足でした。

こどもリハビリテーション病院にて撮影。
車椅子に乗った正論派ゾンちゃんの背中も写ってしまったね。
「ワタシだっていろいろ興味があるし覗いてみたいワ」

今回の事例の当事者さんは、じつは当NPOのステークホルダーさん。

これまで早期退職を繰り返してきた当事者さんと、担当ソーシャルワーカーさんによる、二人三脚の取り組みが発表会形式で紹介され、随所に当NPOの取り組みも紹介いただきました、ありがとうございます。

大人になってから発覚する発達障害への対応の難しさもさることながら、孤立を避けるためのひとつの「資源」として、見守り支えていくことの重要性を再認識することが出来ました。

この当事者さんのラッキーポイントは、何よりもこのソーシャルワーカーさんと出会えたということですね。ななちゃん良かった。

一時間半という短時間の中、最後に当方の理事長より、自らのバツ話(笑)も交えつつ「今後も粘り強く支援していく」とした話も含め、私はつくづく人とのかかわりを大切にしているこのNPO活動に参加していて良かったと思いました。

心晴れれば、免疫力も向上することでしょう。このフレーズに繋げるために、前置きのなんと長いこと(笑)。

私は私なりに、今後も無理をせず、週に二日ばかりですが、ほんわかとこの路線を踏襲していきますね。