癌友のKちゃん

メッセンジャー経由で、久々に癌友Kちゃんと会話することが出来ました。こういうことがあったというのも、ここで備忘録しておかないといけません。

もともと彼女とは、ネット上の癌グループでの繋がりだったのですが、グループ崩壊以降はほとんど会話も途絶えていました。

崩壊の理由は、やれ営業活動されただの、科学療法抗がん剤を否定されただの。。。おおかたそういう理由のようです。搾取ってのもあったのかな。

私としては、ぴーちくぱーちく仲間意識はありましたけど、そうしたゴタゴタに関わりを持ちたくもなく自ら依願脱退。

何のためのガン患者のまとまりなんだと。本末転倒の結果を導き出すならば、自ら信じる道を貫きますねと、結果こうしてソロ活動を展開中なのです(笑)。

さて、本題に戻しましょう、Kちゃんのこと。

再発ですね、本年2月に右乳ガン摘出。同時に背中から胸へと再建もされたとのこと。都合8時間の大手術で、そりゃもう痛かったのよーと。

そりゃ痛かったろう、たいへんだったね。

もっとも、それが寛解への道だから、グッと堪えたんだよね、エライっ。

ご家族のためにも、これから始まる科学療法、がんばって。

そうしたがんばる足取りを、ブログに残しておいたら、後々きっと参考になるんだけど。

ブログ、再開したら相互リンクしよぅ。

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死ぬ、ということ

運転中の番組だったもので、まじまじと聞いていたわけではないのですが、あの声はきっと室井滋だな、つぶやくような朗読。

「いつ死んでもいいと思っている、でも今日死ななくてもいいかな」的な内容で。

遅かれ早かれ、誰にも人生の期限がやってくる。とりわけ私の場合、今年は新年早々に「余命一年」と云われあたふたしましたし。

多少なりとも心の準備はしておかねばと思っていたのですが、その後の検査結果が良好だったこともあってか、そうした思いは吹き飛んでいました。

ところが今日、「忘れちゃだめだよ」とラジオが呼び起こしてくれて、これを書いている。あれ?なんだか、こっちまで室井調になってきたぞ。

一か月ほど前に「イッツ・クオリティ・オブ・マイ・ライフ」と題して一本書いていますけど、その中で、

不一致ドナーの場合が多いと聞きますから、4人に1人しか助からない世界。もちろん再発、再々発も危惧しなければなりません。4人のうち3人は残念ながら命を落とすことになる。そうした確率の低い世界にいざなわれても困るわけです。

今月の経過観察において主治医に再度質したところ、「当院においてあなたの病名で骨髄移植をしても誰ひとり助かっていません」とのこと。改めて、すごいものを授かってしまったのだなと。

心の準備というのは、たぶん、そう簡単に出来るものではないと思っていて、きれいな景色を眺めながら「我が人生に悔いなし」というところから始めたほうがいいのだろうな、とか。

死生観を持つという意味で、エンディングノートを手許に置いてみたものの、じつは何にも書けていない。

というか、ノートを広げてしばらくすると「預貯金について」と出てくる。「やっぱそこですか」と、現実的な世界を見せられてしまって、気持ちが萎えてしまうっていうのも事実。

担いで行けるものでもなく、もっとも、担いで行くモノも無いのですが。

身の回りの整理は、数度の断捨離を経てコンパクトになっている、お迎えいつでもどうぞ状態。

冒頭に戻ろう。「いつ死んでもいいと思っている、でも今日死ななくてもいいかな」は、誰しもよく似た感覚かも知れない。

やり残したことはないか?となると、あるある。まだまだ旅に出ないと。

ひとり旅、夫婦旅、おとこ旅もだ。

スーパーボランティアさんは、数千キロの徒歩の旅だったか、私はボランティアの端くれとして、障がい者の手助けの旅にも出たい。

あー、これじゃ全然死ねないじゃないか(笑)。

長い旅路のあとには、重い荷物を下ろすタイミングがやってくる。以前もここで書いたけど、荷物を下ろすならば、見慣れた景色が広がる自宅がいい。電車がカタコト走る音を聞きながら、普通に生活音があるのもありがたい。

延命措置はもちろん要らないし、自然のままを受け入れたい。どうか、どうか、病院の無菌室っていう無機質なシチュエーションだけは勘弁願いたい。

伝え聞くその瞬間とは、「川が流れていて、きれいなお花畑が見える」のだとか。「キレイな川、渡ろう」と思った瞬間、グイと引き戻され同時に意識も戻ったんだとか、そうした景色だけ見て戻ってきたという話も聞いた。

自分としてその瞬間とはこうあるべき、というのが実は前々からあって、

大腸カメラ検査が始まる直前、点滴している静脈に鎮静剤を入れるタイミングがやって来る。「ちょっとだけ血管痛がありますよ」と云われたあとに、自らの血液ではない異物感が。

これだけ酒を飲んでるんだし効きやしまい、などと訳のわからぬ論理を組み立てている間に、実は緩やかに意識が遠ざかっていく。

そして、自ら意識を手放す瞬間がやってくる。それがとてつもなく気持ちいい。お迎えとは、まさしくああいうふうだと思いたい。

理想。

遠くでひばりがさえずり、そんなうららかな午後。

私は私で、ターミナルってどこの駅のことだっけ?とかボケをかましていたいところ。

違うわよ、終末期のことでしょ、こんなこと誰も言わないっか。

在宅医に看取られつつ、自宅のベッドで自らを解き放つのです、おだやかに穏やかに。

暖活 ジョギング12km

朝飯前、いつもトレッキングしている丘陵地まで往復してきました。

道路の外気温計は19℃の表示。もっとも、暑いのは想定していましたから、マスクはせずにジョグ。

おかげで、くしゃみは止まることなく、丸めたティッシュでポケットはパンパンになるくらいでした。

消費カロリーはじつに1,000kcalオーバーで、ちょっと疲れました。若くもないのに無理しちゃいかんです。

体温36.3℃、BD124/94、帰宅後のバイタルです。

暖活 ジョギング5km

一週間前は丘陵地でまたトレッキングしていたのですが、この場での報告は省略しました。

今日は暖かいというより暑かったです、走ってたらなおさら暑い。

ゆっくりゆっくりですけど、水辺公園(仮称)までノンストップで往復、いい汗を流しました。

バイタルは36.5℃、BD136/98。このあと2ヶ月ぶりに整体に入ります。

2019/3経過観察 骨髄増殖性腫瘍(MPN)

奇しくも、2016年3月7日に骨髄異形成症候群(MDS)と診断され、当ブログを立ち上げてから丸3年が過ぎようとしています。

思い起こせば3年前、寛解かとも思われていた矢先に「またか」との思いが交錯する中で、言いようのない不安感に襲われた当時のことがよみがえってきます。

そうした不安感を和らげてくれたのがこのブログの存在だったように思われます。考え方を整理しつつ、振り返ることや展望することが自分なりに出来たと思います。

「仕事を減らす」というヒントを得ることが出来たのは、まさしくブログを書くことにより気づきを与えてもらったということでしょうか。

仕事を減らしたことによりストレスを減らすことが出来たこと

ボランティアに生きるということ

ボランティア先や職場で多くの仲間と出会えているということ

そうしたことによって、自分自身が生かされているということを実感出来るところです。

あれから3年、病名はMDSから本態性血小板血症、総称して骨髄増殖性腫瘍(MPN)へと変更となりました。3年前以前の病名を再度拝命することとなり、今日の経過観察に臨んだところです。

本日の検査結果については、ほぼ平穏。LD(LDH)がじわじわと増えてきていることから、主治医としては「急性転化の予兆と捉える要因でもあり今後も注視したい」とのことでした。

そうしたことも含め再来週には、日本におけるMPNに関する権威の教授がJ大にいらっしゃるとのことで、セカンドオピニオンをすることとしています。ご意見をたまわることとし、戻ったのちには主治医に報告し今後の治療方針等に生かしていきます。

私のほうからは、2019/1/16の経過観察において、主治医より「今後もしも急性転化した場合、この病院での移植成功例はないので、大学病院に戻ったほうが良いのではないか」との話があったことから、今後早い段階で転院したい旨お話をし、本日主治医から承諾をいただくことが出来ました。

転院先は昨年までお世話になった大学病院ではなく、自宅より260km離れたA大学病院の教授です。1999年9月の初診より2014年3月までのじつに15年間にわたって、大学病院において主治医だったドクターが、ふたたび私のドクターとなることを快く引き受けてくださいました。

私の拙い人生の中で「ドクター」と呼べるドクターはこのかただけ、残りの人生すべてをお任せすることが出来るドクター、と言っても過言ではありません。骨髄移植すると言われるならもちろん従います。

距離的にはホント遠いのですが、自家用車のハンドルを握ることに不安を覚えるような際には、高速バスで行く覚悟でいます。

暖活 トレッキング5km

春の陽気に誘われて、いつもの丘陵地へトレッキングに行ってきました。

すでに花粉の飛散は始まっていますので、覚悟して行ったものの、やはりちょっと酷かったですね。

さすがに長袖シャツの上に、フリースは要らなかった、もう暑い暑い。このコース、もう5歳若かったら走ったのにな、トレイルランの方々もたくさんいらっしゃいました。

下記データでは376kcal消費となっていますけど、バランスを取りながらもかなり歩きましたので、500kcal超だと思います。

なお暖活ナンバーについては、日々暖活との思いから、今回を以て解消しました。

暖活11 温活番組備忘録

昨夜は飲み会でした、皆さんお疲れさまでした。今朝の温活番組を備忘録しておきます。

1957年当時の日本人の平均体温は36.8℃、現在の平均体温は36.3℃なのだそうで、ずいぶんと下がったものです。

この原因は、ストレスによるものとのこと。深部体温を上げるためには、朝食を食べ、体を動かすことが重要なのだと。

温浴効果を得るには、39-40℃の湯温で15分入浴。湯上がりに、くるぶしの上、そう指3本ほど上に「ちょっと痛い」部位があり、そこを指圧すると良いのだそう。

これも実践していかねばなりませんか、ね。

血流改善効果の得られるものとして、豆乳とターメリックを温めてシナモン適量がオススメとのこと。ここでもシナモンだ。