旅に出ました

今思えば本年10月の経過観察の報告の際に「旅に出ないと」と予告?予言していましたけど、年の瀬の慌ただしいこの時期にタイに行ってきました。

4月からのボランティア生活の中で、いっしょにボランティアをしていたかたがご主人の転勤でタイへ引っ越しされました。

彼女の「遊びに来てね」の言葉を真に受けた総勢3名(笑)、一人はうちの理事長、もう一人は障がい者。ということで介助する理由もあったのですけどね。

旅先で使い慣れた車イスを使うということ、障がい者が航空機に乗るということ、バリアフリー社会と言いつつも、現実はまだまだ課題が多いように感じましたね。

とりわけ国内における客室係と地上スタッフとの連携、そしてそれぞれのポジションでの精通度合いもまだまだ足りません。例外として、タイの地上係員はそのまま機内に乗り込んできましたが、彼らは車イスのことを熟知していました。

機内の通路に限って言えば、圧倒的に狭隘であるが故、普通の車イスでは進入出来ないということ。輸送力、キャパが優先され、万一の際の対策をどうするのかということが置き去りにされているように見受けられます。

2020オリパラ、多くのかたが航空機だ列車だと利用されることになりますが、羽田のハブ機能に特化して云うならば、後付け感ありありで不十分ですね。相当の覚悟をしておかないと、たいへんなことになりますよ、これ。

より詳細な話はうちの理事長に任せることとし、話を戻しましょう。

空港に着くやドライバーさん運転の車で迎えに来てくださっていて一路、首都バンコクより南へ150km走ったところに日本人タウンが形成されているシラチャの町へと。

シラチャ。

鬱蒼とした熱帯密林を切り拓いた雰囲気です。

ご家族がお住まいのマンション棟の横にコンドミニアム棟があって、その3LDKを私たちのために準備してくださり、今回の旅のベースとなりました。

そして、パタヤ。

ベトナム戦争当時、北軍の保養地として拓かれた沿岸地のパタヤへのアクセスも至近で、思い切ってボートをチャーターして沖合の離島ビーチへ足を伸ばしたりもしました。

滞在3日間、食事はすべてタイ料理でしたがどれも美味しく、Changビールもすすみましたねー。

過去、海外に行った際には、たとえネバダの砂漠の中でも日本食は必須だった私が、全食タイ料理だったということは特筆すべきことです。

旧くは列強による覇権争いが激化していた頃より、このインドシナ半島においては、日タイ両国は同盟関係にあったと聞きます。

戦後、日本のODA政府開発援助によって近代化が図られてきたことも含め、この国の人たちは日本人にたいへん寛容でした。

交通事故の発生率が世界一であること、医療機関の充足率が低いこと等、インフラ整備は、まだ道半ばですけれども、平均寿命60歳と言われる短命の国民性がそうさせるのか、車イスを押す私たちに対し、どこへ行ってもすごく気遣いをしてくれました。

滞在3日という短時間でしたが、見知らぬ土地で時間に拘束されず、暮らすように生活出来たということは、現地や同行の皆さんに感謝すべきです、ありがとうございました。

別れ際。

異国での馴れない生活、苦労を滲ませる涙に、私たちもうるっときましたけど、再会を約束して帰ってきました。また来るよ、きっと来るから。

かく言う私は、

昨年までの私には考えられなかった日々が今、ここに実現しています。

このまま仕事をし続けるのかい?一回っきりの人生なんだぜ

拙い我が人生に病気が気付きを与えてくれたのです。

そして何よりも

自分だけ渡航というわがままを聞いてくれた妻にも感謝です、ありがとう。

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部内医療機関を受診しました

風邪が治りませんで、社内の病院へとやって来ました。

咳が止まらなくて、と訴えたところ、ひとまず胸部エックス線を撮っときましょうかということになり。

結果、特段の影はないものの、気管支に小さな線香花火のような線状の影?

これが悪さをして夜中にコホコホするんですかね。

というわけで咳止めを処方していただきました。

本業のほうも忙しくなってきましたし、これで治まってくれればいいんですけどね。

2018/11血液疾患患者会定例会

今日の出席者は、私にとってどなたも見覚えのある方ばかり、病棟師長と看護師2名を含め12名でテーブルを囲みました。私からは、今年6月の経過観察の報告の中で愚痴っているのですが、

 

過日の社内健康診断の際に血圧が153/80と高めの数字が出ていたこと。今日はそうした話をまず主治医に話をしたところ「ご家庭に血圧計はお持ちですか、気をつけてくださいね」と。

大学病院では必須だったバイタル計測はせず、聴診もなく、脾腫の触診ももちろんない、今日はそういう経過観察でした。

今日はこの件に関し、患者会の中で取り上げて聞いていただきました。今春まで通っていた大学病院では、毎回きちんとバイタル計測、聴診、触診があり、医師に触ってもらえることでの安心感があったものですが、今は皆無の状態であることについて、どうしたものでしょうと。大学病院に舞い戻ることも含め、考えているところなのだと相談しました。

現在の主治医のことについては、出席者全員がその医師のことを熟知されているということもあり、患者会としての結論から言うと「それは患者側から医師に要望として伝えて改善を図るべきでしょう」と。

腕の良い医師であること、忙しい医師であること、どちらかと言うとシャイな医師であること、さらには看護師の立場からすると「その医師に対し患者さんがこのようにおっしゃってましたと告げた場合、なぜ看護師のあなたの口からそのようなことを聞かねばならないのかと、とても嫌がる医師である」とのことでした。

もっとも、看護師に伝言してもらおうなどとは思っていませんし、自らの言葉で伝えるべきでしょう。会長からは「むずかしい医療用語を忘れたりすることがあるので箇条書きにしてメモを渡すというのはどうだろう」とも助言をいただきました。

確かに、主治医とのコミュニケーション不足の感は否めませんね。患者側の病気に向かう姿勢に問題があると云われても仕方のないことかもしれません。次回、主治医に話をしてみることにします。

なお、出席の病棟師長からは、「たくさんの新薬が次々と出てきており医療現場も日々進化している、患者さんに寄り添いつつ病状が改善されるよう最善を尽くしたい」との話もありました。

会の終了時には師長が私の許にいらっしゃって「病棟におりますのでいつでも相談なさってくださいね」とのことでした。軽々に「舞い戻る」なんて言っちゃいかんですね、ありがとうございます。

2018/11経過観察 骨髄異形成症候群 (myelodysplastic syndromes:MDS)

20181107blast.jpg

ボランティア活動の合間を縫って経過観察に行ってきました。血球値はどちらかと云えば増加傾向で平穏、Blast(芽球)値についてはグラフにしてみましたが今回も1で安定、WT1mRNAは2,900と低位安定でした。

Blast値のみならずWT1mRNAにおいても、本年4月からの短時間勤務に入ってからというもの、極めて安定的に推移しており、逆に言うならば、フルタイムで勤務していた際のストレスがこのグラフに如実に表れているということなのかもしれません。

一方で、先月の脳MRIの結果に関し、かれこれ20年前より指摘され毎年のようにMRIによる経過観察をしてきた脳下垂体の腫瘍に関し、精査が必要との判断が下され、来月の経過観察時に代謝内科受診(院内紹介)となりました。

ホルモン異常や内分泌疾患の有無を調べるということになるのでしょうが、うーん、これは転院の弊害かもしれないですね。20年前に下垂体腫瘍が発覚した当時のMRI画像は別の病院のサーバの中ですから orz…

他の骨髄異形成症候群の方々のブログを見て2

昨年4月に同名の投稿をしていますので、本投稿はtake2ということになります。同じ病名のかたのブログを閲覧する中で、再認識する事実がありましたので備忘録します。

そのかたは、医師から骨髄移植を勧められているものの、今も抗がん剤治療を続けていらっしゃるというケースです。

理由としては、(1)医師から示された移植の生存率グラフは年齢40才のケースであり、数ケ月のうちに移植関連死も含め半数以上のかたがお亡くなりになっていること、(2)さらに再発のリスクも否定できないということ、こうした説明を受けられたようです。

年齢を重ねれば重ねるだけリスクは高くなっていく、そうした認識も持たれたとの記述も含まれていました。
MDSの低リスク群において、骨髄移植が推奨されていないということはつまり、MDSでの骨髄移植がいかに大きなリスクを伴うものであるか、如実に語っているということです。

なお、芽球(未熟で異常な細胞)が多い場合に、抗がん剤の投与を行い芽球を減らす、このことは従前よりこちらでも備忘しているとおりです。

そうした場合に使用する抗がん剤の種類や投与量は、患者の年齢や状態等を考慮し決めることになるのですが、間隔をどれくらい空ければいいのか等、投与方法についてはやはり画一的な方法は確立されていないようで、傾向値を見極めつつ手探りの状態が続いているようです。

投与40ヶ月過ぎてなお抗がん剤治療を継続されているケースもあるとのこと、少しでも同じ病気に苦しむかたがたの励みになればと思い、あえて備忘録いたしました。

骨髄異形成症候群(MDS)の予後および予後予測に関する備忘録

IPSS-R

「予後」とはMDSの進行と急性化への移行リスクといった今後の経過を意味するもので、MDSの予後に大きな影響を与える因子(予後因子)を点数化、その合計点数によってリスク分類することで予後を予測する、と。予後予測は、現在の病状を知り、今後の治療方針を決定する指針になるものです。

翻って2016年3月7日、骨髄異形成症候群と診断された際、日本造血細胞移植学会ガイドラインによるMDS に対する移植適応表からは「IPSS(risk)」が「Low」であるとのことでしたが、それについては「診断」ですね。

現在の「治療方針」代表的な予後予測システムとして、IPSS(International Prognostic Scoring System : 国際予後判定システム)と、IPSS-R(Revised IPSS : 改訂IPSS)があるとのことで、上記の表については改訂版の「IPSS-R」を用いています。

2年前当時の芽球は「1-3」でしたので、上記の表にあてはめ「0.5」と仮置きし、染色体異常はなし、血球値の減少なしなので「VeryLow」ということになります。現在についても、これに倣いリスク分類上は「VeryLow」ということです。

ただし、予後因子に含まれていない検査項目で、ここでもたびたび登場している「WT1mRNA」というモニタリングマーカや、前回の経過観察で指摘されている「LDH」もしくは「LD」、そうした数値についても注視せねばならない、やっかいな病気であることに違いはありません(溜息)。

2018/10経過観察 骨髄異形成症候群 (myelodysplastic syndromes:MDS)

「LDH」もしくは「LD」という検査項目。血液検査の検査項目にたしかあったな、その程度の印象しかないのですが。

今日の経過観察で指摘されたのは、その「LDH」の数値が徐々に高くなっていて、今日はなんと1,000を超えてきていること(正常値124-222)、今までまったく気づきませんでした。「LDH」ってなんですかと尋ねたところ、

LDH
白血病などの白血球の悪性腫瘍、その他のがんのときにLDHの値が高くなります。

突如として認識しなければならなくなった「LDH」もしくは「LD」、いつも軽く受け流していました。そういう数値だったのかと、さっそく過去のデータを紐解いてみました。(以下グラフデータ参照)

201810LDH

残念ながら、持ち合わせの検査データは4年前からのものだけ、データ抽出出来ず欠落も見受けられるものの、見た感じほとんど右肩上がりの直線的です。

2014年3月時点で300ほどだったものが徐々に高くなって、いよいよ今日は4ケタということです。もちろん主治医の手許ではアラート表示される中で、これを見過ごすわけにはいかないということでしょう。

これの意味するところは、以下引用となりますが、

 LDH(乳酸脱水素酵素)は、逸脱酵素の中でいちばん有名なものです。LDHは肝臓、赤血球、筋肉、悪性腫瘍などにあります。したがって、LDHが上がる病気には、肝炎など肝臓が悪い場合、赤血球が溶血などでこわれた場合、心臓の筋肉がこわれた心筋梗塞の場合、がんの場合などがあります。
LDHの正常値は、200から400国際単位くらいです。白血球の悪性腫瘍である悪性リンパ腫や白血病では、600から数千まで顕著に上がります。筋肉が大量に破壊される筋ジストロフィーなどでも同じくらい上がります。心筋梗塞や慢性肝炎では、400から600くらいの中等度に上がります。少し上がることはあまりありませんが、それぞれの病気が軽度の場合などにみられます。

LDHの値が高い場合にはがんの可能性も
問題はがんです。LDHの値が高かった場合、医師は悪性腫瘍が体の中にあることを頭の隅において検査します。がんでLDHの値が高くなっている場合、治療でがんが小さくなるとLDHの値は下がります。同じがんが再発すると、ふたたびLDHは上がっていきます。すなわち、LDHは腫瘍マーカーとして使えます。ただし、LDHの値が上がるがんもありますが、上がらないがんもあります。そのため、LDHの値が上がらないからといって、がんでないとはいえません。

先にものべたように、いちばんLDHが上がるがんは、白血球のがんである悪性リンパ腫と白血病です。

ということで、「LDH」もしくは「LD」これは腫瘍マーカーという位置づけのようです。今日は1,000超でしたが、これが数千にも跳ね上がっていく可能性があるということのようです。

ただし、これが増加したからと言って、ただちになんとかしなければならないというものではなく、主治医曰く「血球値やWT1やBlast値なども踏まえつつ見極めていきましょう」と。

私としてはだからと言って骨髄移植、ってことにはしません。

ゆっくり風呂につかって、わが人生について思い巡らすことにします。なにか思いつくことがあったらまたすぐ投稿しますね。

あ、旅行に行かないと(笑)。